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画家・榎並和春  2011/3からHPアドレスが変ります。 → http://enami.sakura.ne.jp
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はる 3002
 例えばデパートなどでがんがん売れている絵描きがいる。でそういった画家の経歴を見るとほとんど大きな団体には参加していないか、無所属だ。参加していても全く無名のどうでもいいような団体である場合が多い。そういった作家に共通するのは「私は絵で食べているんだ」という暗黙の自信だろうか。花と実という例えなら、明らかに実を取ったということかな。団体展の作家には分からない厳しい世界を生きているんだという凄みだろうか。でもしかし、心のどこかに芸術家ではなくなってしまった後ろめたさみたいなものがあるきがする。

 まぁ我々の方からみれば「なんだい、こんな写真のような売り絵を描いて」と思うのだけれどね。それがまたどんどん売れるのだから仕方がない。団体展の作家とデパートの作家とでは永久に埋まらない溝がある。お互いに意識しないようで気にはしているのだ。

 団体展の作家でもデパートでやるとなるとやたら迎合して花やら風景を描くひとがいるけれど、それはちがうだろう?とつっこみたくなる。本来の自分の仕事の延長上に今のスタイルがあるわけだから、それを無視して「売り絵」を描きましたというスタイルは反発を感じるな。芸能人のサインやお相撲さんの手形みたいな感じじゃないの。何でもいいじゃ安易すぎるなぁ。

 私なんかはこれもまたどちらにも属している中間派だな。どちらの言い分もわかるし、正しい気もする。団体展にも長く出品してきたし、団体展に出品する前から個展をやって作品を売ってきた。売れればいいと考えるとどうしても他者に迎合する。人が好むような絵柄だったり描き方だったりする。それがいつのまにか職人仕事のようにパターン化してしまう原因となる。職人仕事が悪いというわけでは決してないのだが、芸というのは自己模倣すると次第に壊れて行く。

 反対に売らないなら、それらの仕事はあくまで趣味の延長上にあるということになる。正業をどこかで持たなければやってはいけない。趣味なら高級な楽しみだが、人様を巻き込むほどの絵描きになるのは難しい。

 私はねぇ、こう思うんだな。どちらか一方というのは片手落ちだ、二頭立てでゆけばいいのだ。あくまで自分の絵を描きながら、個展もやって絵も売ってゆく、両方やるんだな。それが正解じゃないのかな。本来そうあるべきじゃないの。表現者として力を持とうと思ったら、どちらも必要だと思うんだな。
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無題
 本日、気温26度。丁度良い気温です。^^
絵画も色々な温度を発生します。

二頭立てでゆけばいいのだ。あくまで自分の絵を描きながら、個展もやって絵も売ってゆく、両方やるんだな。それが正解じゃないのかな。本来そうあるべきじゃないの。表現者として力を持とうと思ったら、どちらも必要だと思うんだな。

此処の処で安心しました。^^
はと 2009/09/09()13:03:00 編集
こんばんは。
 コメントありがとうございました。励みになります。

 そうですね、ここのところの話は微妙で難しい。誰も本当の所は書きたがらないのではないかな。

 絵と同じで模索しながら書いています。間違いもあるかもしれませんね。だから、お手つきも芸のうち、訂正することはやぶさかではありません。
はる 2009/09/09()18:56:53 編集
無題
「お手つきも芸のうち」。なるほど。
 間違えることを恐れる必要は全くないはずなのに、若い人たちは、間違えて恥をかくことを異常に恐れているように見えます。
 <勇み足も愛敬のうち>。生きているうちは恥をかきながら、おたおた、よろよろがんばりましょう。
飯野 2009/09/10()11:43:37 編集
こんばんは。
 コメントどうもありがとうございました。

 まぁお手つきばかりでなかなか前にすすみませんが、これもそれも一芸だと思って許してください。ということでまた。
はる 2009/09/10()22:04:38 編集
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