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画家・榎並和春  2011/3からHPアドレスが変ります。 → http://enami.sakura.ne.jp
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ハウルの動く城
 上はハウルの動く城」のメインテーマこのワルツは泣かせるねぇ。久石譲の音楽には物語をはるかに超えた力がある。
 下は賠償千恵子の唄「世界の約束」この人の声、すばらしくないかい。小学校の頃、遊びつかれて夕暮れと共に帰った風景を彷彿させる。何か寂しくて悲しくて美しい。

Bach's Cello Suite No. 6 - Rostropovich

 

 
 篠田節子の「ハルモニア」という小説を読んだ。知らなかったのだが、ハルモニアにはこんな意味があった。以下あとがきより
「・・『天球の音楽」とは大宇宙が調和を保ちながら壮大な音楽を発しているという、数学と音楽と真理とが結び合わさったファンタジーのことであり「ハルモニア」とは宇宙の奏でる調和に満ちた音楽そのもののことである。ピタゴラスがつむぎだしたというこの音楽の幻想は、ヨーロッパの音楽の展開に極めて大きな影響を与えた・・」

 なかなか面白いというのか、いつも考えていたことが全く新しいことではなく、そっくりそのまま紀元前から考えられていただなんてショックだなぁ・・。この小説の主人公は脳に障害のある女性なんだけれど、まぁそのために特殊な音楽的な能力を持ったという設定で話は進んでいく。それはそれで納得できるのだが、話が超能力のエクソシストのようになるのがどうもいまひとつだった。

 で、その中で主人公はチェロ弾きなんだけれど、クライマックスで↑のバッハの6番を弾く。これは超絶技巧だな。ロスロポービッチ爺さんの感動的な演奏をきいてくださいな。

(返信)
 
 表現というのはどうにも不思議なもので、食うに困らない、切羽詰ったものではないところからは人を心の底から揺さぶるようなものは出てこないような気がします。

 もう後がない、やむにやまれぬ、土壇場のところから、本当のものが出てくるのでしょう。多分いまの日本じゃ難しいでしょうね。

 心の中のもっともっと奥深く掘り下げれば、本来の何も変らない人間として、動物として、一つの命として、ぎりぎりに生きて希求する何かにぶち当たるとは思うのですが、なかなかそこまで自分を追い込むことは出来ませんね。

 残された時間も段々少なくなってきましたが、少しでも近づきたいとは思っています。まぁ無理でしょうけど・・。
2011年度の個展情報を更新しました。来年は今まで以上に忙しくなりそうです。アラカンですから本来ならそろそろ引退の花道を考えながら仕事を進めてゆくのでしょうが、我々のような芸(極)道人はこれからがそろそろ本番です。どうなることか、私自身とても楽しみにしています。よろしくお付き合いのほどを!

 はやぶさが帰還しました。私も千葉の個展から帰ってきました。 あまり関係はありませんがね。

 個展はまずまず楽しかった。もともと自分の個展会場にいてお客さんとお話をするのは嫌いではない。作家にはほとんどお客さんと接するのを避ける人もいるようですが、私は話をするのは多くの人前で話をするのは得意ではありませんが、少人数ならぜんぜんかまいません。

 探査衛星はやぶさの話は電車に乗っていて隣の人の新聞で知った。ほとんど最近は新聞もテレビも見ないので新しいニュースを知らない。それでyoutubeで検索してくわしいことを知った。この衛星が他の天体の探索にいっていることも知らなかったのだが、こうやって何年もかかって宇宙から帰還したというのははじめてのことじゃないかな。昔ボイジャーが太陽系の惑星の鮮明な写真を送ってきて、特に土星の輪とか衛星の克明な写真を送ってきたのには興奮したな。もともとそういう未知の世界が好きだったからね。

 今回のこのはやぶさの話は、多くの示唆が含まれているように思うな。大事なことは知りたいという好奇心が一番大事なこと。もうすでに知っている、知られていることを知識としてもつということも学習として大切なことだけれど、例えば科学にしろ学問にしろ人を魅了してやまないのはこの好奇心というやつだろうな。それがなくなれば全てのモチベーションはなくなってしまう。

 基礎研究みたいなすぐには結果が出ない研究ほど大事だということ。まぁ今回の衛星探査機には日本の技術の最先端が使われているので基礎研究とはいえないかもしれないが、例えばロケットを飛ばして何億も使って意味ないじゃんと考えるかもしれないけれど、そういったことに使われる技術を支える基礎研究は一朝一夕では養えないということだな。

 凄く勇気づけられた気がした。


いいじゃないか男だ
 
 はる 2992
 ネットが普通の家庭に入り込んで10年ほどになるだろうか。最初は猫も杓子もHPを持とうとした。ホームページさえ持てばお客さんはひきもきらず訪れてくれてさぞかし毎日忙しいだろう。これからの商売はネットを中心に広がって行くのだろうなどと夢のようなことをうたっていた。

 確かにアマゾンやネットオークション会社など色んなところで商売の形は変わってきた。私などもネットの使い方で一番多いのが調べものをする場合だ。検索の仕方にもよるのだろうけれど、探してないものはないというこの膨大な奥深い知識の泉は底なし沼のような魅力にあふれている。

 いままでほとんど顧みられることがなかったような例えば絶版本とか貴重な古本や資料なども、ネットの海では簡単に見つけることができる。ほとんど誰も知らなかった忘れ去られた画家などもこの広い世の中では知っている人がいたりする。これもネットがなければ不可能なことだ。

 数は少ないけれど私のHPを何かの偶然で見つけて何度か足を運んでくれた人もいる。ネットがなければこういった遠く離れた人たちと会うこともなかったろう。

 けれどネットはまだ発展途上のシステムだ、これからどのようになってゆくかは皆目見当がつかない。私の使い方はごく簡単なものだ。一昔前のミニコミ的な発想だと思う。積極的にランキングにでも参加して訪問者を増やせばもう少し活気が出るかもしれないけれど、これでいいと思っている。何らかの形で興味を持ってもらって機会があれば個展に足を運んでもらってみてもらう、そんなアナログでいいと思っている。

 ↑ネットで何が出来るか、ずっと模索していた若い連中が、最近自らキャラクターを考えてアニメーションの動画を始めた。それもストーリーなどを一般から募集してそれをアレンジしてまた投げ返すというような、ネットでしかありえないような仕事を始めた。彼らを見ていると簡単にモノを右から左に動かして利益を得るというのではなくて新しいものを創作して作って行くそんなことに魅力を感じる。そんな中から最近はイベントをやってキャラクターのグッズをうったりCDを作って販売したり。まぁいまのところ何でもやりますみたいだけれど、面白いことやってるなと思う。がんばれ。

映画『美代子阿佐ヶ谷気分』ロードショー
映画の宣伝におつきあい願います。
 ここではおなじみの義さんの息子さん(新鋭・坪田義史)が監督しました
映画「美代子阿佐ヶ谷気分」が
いちょいよ明日7月4日(土)から
渋谷シアターイメージホーラム
ロードショウ公開されます。どうぞよろしくお願い申します。

 

コン・テ・パルティロ
アンドレア・ボッティチェリ
 
・・横文字に随分と間違いがあったようで、家人に注意されました。お詫びして訂正します。しかし気にしていると書けなくなるので、これからも間違っても許してくださいな・・・
 
 日本人は随分と昔からイタリアの歌が好きだった。我々が小さかった頃訳もわからずイタリアのサンレモには世界的に有名な音楽祭があって、日本からザ・ピーナツや伊藤ゆかりが参加したなどということを聞いて、サンレモがどこにあるのかさえ知らないのに彼女たちは大したものだと感心したりしていた。私が子供の頃だったからもう4、50年も前の話だ。

 ところがこの音楽祭が日本でいえば紅白歌合戦のように毎年未だに続いていて、その音楽祭のCD]も発売されている。日本でいえば札幌音楽祭みたいなもので、一地方の冠をつけてイベントをやるというのはもう随分と昔から行われていることなんだな。

 美術で言えば、ベネチア・ビエンナーレ「現代美術の祭典」はもう100年の歴史が有る。我々はすぐに効果が出ることしかしないからすぐに行き詰まってしまう。この間の給付金なんかもそうだけれど、今すぐ効果が出るカンフル剤のようなものは、その時は元気になるけれど、すぐ又前よりも悪くなる。息の長い支援みたいなものが本当は一番必要なんだろうな。

 ところで、この「コンテパルテーロ」はオペラなのかカンツーネなのかよく分からないのだけれど、最初に聴いたのはどこだったろうか。このお兄さんはかなり濃い顔をしている盲目の天才テナーだ。なかなかハンサムだな。段々に盛り上がって行進曲風になってくるところからがいいぞ。最後歌い上げるところはパバロッティーの歌声を思い出させる。「あんたと一緒に行く」ってなことだろうかね。何度聴いても感動的だ。聴いてみてくれ。
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