忍者ブログ
画家・榎並和春  2011/3からHPアドレスが変ります。 → http://enami.sakura.ne.jp
[1214]  [1213]  [1212]  [1211]  [1210]  [1208]  [1207]  [1206]  [1205]  [1204]  [1203
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。



 
はる 3713
 DMが出来ました。これが出来ると否が応でも臨戦態勢になる。一回一回が勝負という気がしている。見に来てくれた人はその一回が全てだからね。面白くなければ次はない。

 DM用の写真も三種類ぐらい考えた。赤は発色が難しいので避けようかと思ったのだが、初めてやる会場だから、あえて赤で行く事にした。インパクトのあるDMになったと思う。何とか多くに人に観てもらいたい。

 閑話休題
 「絵は好きか嫌いだろ?」といわれる。確かにそうなんだ。どんなに他人にこれがいい、価値があると言われても好きでなければ自分の身近に持って置きたいとは思わないだろう。好きか嫌いか最も単純な基準ではある。

 では反対に作家の方から見るとどうなんだろう。もちろん好きか嫌いかといえば、自分の作品は好きなんだろうけれど、そんな基準で描いてはいない。具象的な作品ならば具体的なそのものに近づいているかどうか、人物ならその人物の雰囲気に近づいているか、臨場感があるかどうか、そんな事が判断の基準になるだろう。

 私の絵などは全くの抽象ではないが、具体的な形は残っているけれどそれに近づいているかどうか、似ているかどうかというのは判断の基準にはならない。無論好きか嫌いかということでもない。すごくあいまいである。

 昔、民芸の浜田庄司が自分のろくろで作った生地に釉薬を施していた。今で言う流しかけのようなもので、それを間近で見ていた取材者が「先生ぐらいになると3分で一丁あがりですね・・」といったら彼はこんな風に答えた「ここまでになるのに60年と3分かかった」

 「これがいい」という判断の物差しは一様ではない。どんどん変ってゆくものだろう。昔いいと思ったものが、年を経るとそうでもなくなったり、反対にどうにも好きになれなかったものが、やがて好きになったりする。

 結局どういうことかといえば、少し前の針穴写真のように、どんなに真実をう写したとしても、身の丈にあったものしか観えないのだろう。

 なんだか代わり映えのしない結論になった。あしからず。
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
**
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]


(Design by 夜井)