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画家・榎並和春  2011/3からHPアドレスが変ります。 → http://enami.sakura.ne.jp
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 午後の光
 今朝は5時ごろ地震で起こされた。震度4ということだから、私が体験したなかでは結構大きい方だ。家が古くてぼろいので壊れないかそれだけが心配だ。最近の耐震設計だったり、ツーバイフォーならほとんど心配することもないのだろうけれど、特にアトリエなど和室六畳を二つくっつけたような自己流の改造なので、構造は非常にもろいでしょ。

 住むことは、食べること、装うこと、と同様に大切な人生の要素だと考える。無論いくらでもかけられるだけの贅沢をしろというのではない、今あるだけの材料で出来うる限りの贅沢(手をかけたり、時間をかけたり、慈しむこと)をして楽しもうというわけだ。ここらあたりがスローフード、スローライフのコンセプトと重なるところだな。

 お金があれば楽しく生きられるか?といえば必ずしもそうではないということが、そこそこ分かってきたはず。楽しむすべ、面白がるこころがなければ何をやっても楽しめないのだな。要するに何度もいうけれど、面白いという眼を養うことだ。

 家を自分で建ててしまう人たちがいる。一時ハンドメイドハウスに憧れた。山奥に行ってそこにある木を材料に柱を作って泥をこねて壁を作ってという風な家に住みたいと模索したこともある。それも一つの方法だけれど、家を作ることが最終的な自分の夢でもないなぁと思ったんだな。

 どちらかといえば家は自分の生活の手段というのか道具というのかな、そこを使ってどう生活を作って行くかということが目的なんだな。だから色んなことを考えると、今は町中を離れられない、で町中に適当なボロヤを手に入れて自分なりに改装して楽しめれば善しとした。これがまぁ折衷案だったわけだ。今でも間違っていなかったとは思っている。

 閑話休題
 ある女優が死後二週間たって発見されて、「かわいそうな晩年」「孤独死」などと騒がれている。テレビや新聞さえ見ないのだけれど、こういった情報は自然に入ってくるものだ。

 「野垂れ死」というのが理想てきだなとは思っている。借金背負ったり色んなところで迷惑かけるなら別だけれど、誰にも知らせず知られずひっそりと消えて行くのは理想的じゃないかな。よく芸能人で癌を告知して大々的に芸能人として亡くなる人もいるけれど、どうなんだろう?どう死ぬかというのはどう生きるかということと同じことで、ああしろこうしろ言われたくない。

 まぁ彼女がどう思っていたのかは知らないけれど、最近見ないと思ったら亡くなっていたという方が自然ではなかろうか。一人で生きて行くと決めたことはそういうことだろうと思う。
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