忍者ブログ
画家・榎並和春  2011/3からHPアドレスが変ります。 → http://enami.sakura.ne.jp
[114]  [115]  [116]  [117]  [118]  [119]  [120]  [121]  [122
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。




星月夜
 はる 2723
 そう疲れている。

 今をときめくM氏について書こうか。彼がまだ今のように有名でもビッグでもなかった頃から、変な男がいるなぁと気がついていた。と言うのは作品がどうだこうだと言う前に名前を売る事。そのことが絵で食べてゆく第一歩だというふうなことを述べていた。

 確かにねぇ。芸能人の初めて描いたような水彩画がとんでもない高値がついたり、ロクデモない絵が飛ぶように売れて、美術館さえどんどん建っている現状を考えれば、まず名前を売る、その後、絵も描きますという方が、絵描きで名前を売るより確かかもしれない。

 彼はまず変な漫画チックなアドバルーンを上げる。何処かのハウジングメーカーのCMに使われていたような気がするが、違うかもしれない。その後、まんまと作戦が当たって、あれよあれよという間に、時代の寵児になってしまった。今や漫画みたいなというのか、プラスチックの人形みたいなものが何億もの値がついて取引される、大作家になってしまった。羨ましい。

 おたく文化と一緒に語られることが多いけれど、私はそこらあたりは詳しくないので分からないのだけれどね。彼がやっている事とおたくというのか、日本のアニメ文化とは少し違うように思うな。

 手塚治虫なんかから始まる日本の漫画文化は、凄いもので、テレビドラマや映画なんかも今やほとんどといっていいほど漫画を下地にしている。今でも多くの若者がそういった作家に憧れているし、高校の美術部の多くはアニメおたくだ。そんなことを考えると、少なくともこれから表現される多くは多分彼らの偏向した好みが反映されるのではないかなと思う。

 彼がやっている事はそういったことと全く違う事で、共通点はオタクと一緒に語られるように仕向けたというのか、作戦上たまたま利用したのではないだろうかね。彼はもっとしたたかで、例のライブドアのH氏などと同じように、時代を上手く読む策士のようにおもうな。

 オークションなどというものは株の相場と同じようなもので、しょせん博打なんだな。公に取引されるもんだからそこで付いた値が巷でさも流通しているようにとられるけれど、それはとんだまやかしだ。

 価値があろうとなかろうと基本的には関係ない。誰かがそれを1億といって落札すれば、1億で流通することになる。金券とおなじだ。歴史をみれば多くの美術品はそうやって担保となって世の中を渡り歩く。本来の芸術的な価値とは別ににね。

 日本がバブル真っ最中の頃世界中から多くの美術品がやってきた。公のこともあるし闇のルートもあったろう。それは美術品の価値とは全く違ったもので、単に金券や株券と替わる担保みたいなものだ。やがてバブルが終焉すれば、日の目も見ることなくまた世界のどこかに戻ってゆく。それだけのことだ。

 彼の作品が芸術的な価値があって取引されているわけではない。作品でなくてもいいわけで、手形とか足型、そんなものでもいいわけだ。芸能人や有名なスポーツマンの使った私物、靴や服やユニホームが高い値がついて取引されるみたいなものだろう。そのものには何の価値もない。ただの薄汚れた使用すみの物でしかない。

 かつてデシャンが既製の便器を持ってきて「泉」と命名して展覧会に展示してセンセーションを巻き起こし、今でも歴史的な事件として語られるけれど、だからといって私はその便器に価値があるとは思わない。千利休が朝鮮の何でもない日常雑器を作為のない器として価値を見つけた、そのことに意味があるわけで、芸術というのは新しい発見なんだと思う。

 ということで、良くわからん事になって来た。また
PR



はる 2722
  2008個展によせて・銀座 ・ギャラリー惣  
    「いつかみたところ1」 
 私の絵はいつも新鮮だ。というのは一日の終わりには壊して、次の日は新しいところから始まるからだ。このまま永久に仕上がらないのではないかといつも不安におびえている。ところがちょっとした機会にスーッと絵が出来上がる。まったくの他力本願だ。今日もそれを待っているのだが、ひょっとすると今回は美の女神は舞い降りてはくれないかもしれない。

もう慣れっこになってしまって、何の不思議も感じないけれど、実際は今日一日で一生分の出来事があったかもしれない。「博士の愛した数式」のように、数時間前の出来事を全て忘れてしまえば、日々が新鮮な驚きに満ちているだろう。

 例えば色んな雲の形から面白い形を見つけて話を作るとか、壁のシミや木目からヒトガタを見つけて遊ぶとか、そんなイメージ遊びは子供の頃に良くやったものだ。人は今までにみた風景や出来事を心の奥底にしまっていて、普段は何事もなく暮しているけれど、ふとした拍子にどこかで見たような不思議な感覚に捕らえられることがある。多分「こころ」とはそうやって形作られるのだろう。
 
 絵を描く面白さは、ぶっつけ本番の真剣勝負だと思っている。自分の心の中に浮かんだものが何なのか、具体的になってくるまで自分でもわからない。もうすでに分かっていることを描いても面白くない。それよりも私は何故それに引っかかりを感じたのか、そんな心の中を知りたいと思う。

 今年もそんなことを考えながら「いつかみたもの」を拾い集めてみました。ご高覧、ご批評よろしくお願い致します。



はる 2721
 今日も昨日の引き続きで額装をする。まだ納品されていない額を除いてほぼ完了した。DMの準備も終了、あとは郵送するだけ。DMは住所のシールを貼るだけなので、随分と助かる。これを全部手書きしていたのじゃ、大変な仕事になってしまう。個展の準備もほぼ終わりだ。



小谷純 胡弓コンサート
胡弓のコンサートに出かけた。といっても知り合いのお寺の本堂でのライブ。しかし、お寺さんはなかなかいい音響効果がある。

はる 2720
 今日は小品の額装を始めた。額にも色々あって本来はそれぞれの絵にあった全てオリジナルな額をつけるというのがベストかもしれない。そう考えると額も自分で作ってしまうというのが理想だ。

 額によって全く違うイメージになったりする。反対に馬子にも衣装ではないけれど、ヘナチョコな作品でもいい額に入れるとそこそこに見えてしまうから不思議だ。

 絵はひとまわり小さくなってしまうけれど、今の描き方はほとんど額も一緒に描いているような感じかな。だから額は小細工のないボックス型が一番あっている気がしている。それはいいのだけれど、こいつが普通の額装と違って異常に面倒だ。構造上一つ一つ裏からネジくぎで止めなければならない。普通の額は着脱は簡単だ。ただはめ込めばいいだけだからね。

 後最近のことなんだけれど、制作の拠点が海外に引っ越してしまった。同じ仕込むなら将来を考えて日本人の若い人を育てればいいのだけれど、ただ今の人件費を考えればどうしても海外にでてしまうわな。そうすると作って船便で送ってくると一ヶ月かかるんだ。大して凝った額でもないのに発注してから一ヶ月だよ。急な注文には答えられない。

 農業なんかもそうだけれど、自の食料を安い海外の食料だけに頼って、自国の農業を育てるの放棄してしまえば、やがては自分の首をしめることになる。安いからというだけで海外の労働力を頼ってしまうと、やがては自国では何もつくりだせない能無しの国になってしまうだろう。

 ものつくり大学とか職人学校など冠だけ立派な学校を作っているけれど、これもね保護しなければならないというだけの役人的な発想で作られたものはどれもこれも魂の抜けたガラクタになってしまうだろう。

 やっぱりね、最終的にはすべてにおいて「地産地消」的な考え方じゃないかな。必要なものは自分で作る、または作り手の分かっているものを使う。でここのところが大事なんだけれど、そのことがカッコいい、価値があるという共通な認識を育てることだ。

 欲しいものを手っ取り早くコンビニや量販店で買わない。近くの専門店でそれも吟味して買う。「速い、安い、便利」は地域を滅ぼす。ひいては国を滅ぼす。
 



はる 2719
 今ぐらいの季節なら午後3時頃から、ちょうど夕陽が山の端にかかり世の中全体が飴色に染まって、やがて薄くれない色に移ってゆくあたりが好きだな。いつもではないけれど、凄く幸福感に満たされる時がある。それをどう言葉にすればいいのかわからない。

 話題を変えよう。

 今年はわりと生徒達との関係が上手くいっている方かもしれない。上手くいっていたとしても授業前にはお腹が痛くなるのは変わらない。先天的に人前に立つのは不得意なのかもしれないな。

 今年の方針としてできるだけ自然な態度というのか、自分の地で対処するという方向にした。まぁ前から教師らしくとは思っていなかったけれど、どうしても自信がないものだからある種の型、仮面みたいなもので誤魔化していた気がするんだな。めちゃくちゃになってもいいかと思っている。それならそれでいつ辞めてもいい。

 これはね、トラウマなんだけれど、所沢の中学校で担任を持っていて学級が崩壊してしまったという経験があってね。どうしても最悪の状態を考えてしまう。今から考えると大したことじゃなかったように思うけれどね。学校卒業してすぐに担任を持てば上手く行くはずもない。

 学校の先生を適当にやりながら、絵描きとして活動してゆきたいという考え方は根本的に間違えている。今ならそう思えるのだけれど、当時は分からなかった。教師は何の教科であろうと関係なく生徒のために生きなければならない。そのことで食べている訳だから、それ以外にはない。そう思って一年で退職した。以後定職は持っていない。

 生徒にとって教師がどんなに偉い先生でも、有名な絵描きでも、学者でも、哲学者でも関係ない。先生の自慢話など聞きたくもない。例えば親はただ親なんだな。親父が偉い学者であっても犯罪者であっても関係ない自分にとっては母であり父である訳だ。それと同じだと思う。

 「私のことだけ見てください」「私の話を聞いてください」彼らはそういっている。だから見ることにした。聞くことにした。何も教えない。えらそうな事も言わない。自分の力でやるしかないと気付かせるだけだ。私は一人の弱い人間として彼らと対峙している。



 「風のガーデン」を毎週観ている。テレビで観るのはこれだけだ。緒形拳が出ているからだけれど、どうももうまともに観ていられないな。尋常じゃないよ。よれよれだ。主役は下手くそでこれもまた観ていられない。もっとこの物語にあった役者がいただろうに。

 映像は綺麗だ。テーマ音楽は美しい。

 八年前を少し思い出す。悪性リンパ腫の告知を受けた一週間ほどは、尋常ではありえない。最初は嘘だろうと思う。何かの間違いだ、そう思いたい。そして次には何で私なんだと腹立たしくなる。むやみに怒りっぽくなる。で、スーッと強烈に寂しくなるのだな。何気なく家族で笑っている写真などを見ると、そんな普通の日常がもうないのかと思うと、泣けてくる。止め処もなく涙があふれてくる。悲しい人しか見えない、分からない何かを見せてもらった気がする。今だから言えるのだけれどね。

 しかし、人というのは忘れることが出来る動物なんだな。痛かったことも、あんなに悲しかったことも、もうほとんど忘れてしまった。あの時と同じ気持ちには到底なれない。でもまぁそれはそれでいいように思うな。痛い辛い経験をいつまでもいつまでもひきずることもない。

 人は人生のありとあらゆる不幸もまた喜びも希望も夢も、なんでもかんでも全てをごった煮にした状態で心の中に溜めてある。何時の間にか忘れてしまった悲しい思いでも、うれしかった事も心の奥深くに仕舞いこんで忘れてしまっている。ところが何かの拍子に思い出すんだな。綺麗な夕焼けを見たときに、春のうららかな日に満開の桜を見たときに、仕舞いこんであったものがふと出てくる。

 表現者というのは得な仕事だ。




 芸事は趣味の領域にいる限り、実に平和なものです。誰に害を与えるものではないし、多くの人は芸術家に憧れさえします。欧米諸国の人々はアーチィストに対して多くは尊敬の念を持って対してくれるようです。まぁアートがしっかり根付いている証拠でしょうね。
 
 わが国では多くの芸人は流れ者でした。そういった人々はさげすまされてもいましたが、多くは尊敬されたり憧れの対象になったり、神さまの代わりになったりしたようです。
 
 古いそういった芸事の歴史を知れば、人と芸事というのは切っても切れない長い歴史があると言う事に気づかされますね。人と人との潤滑油みたいなものでしょうか。
 


「こたえてください09」部分
はる 1715
 いつも訪れるブログの中に古代の生物、簡単に言えば恐竜などの復元図を書くことを仕事にしているプロの作家がいる。その人のブログを読んでいると、絵を描く事が好きな人というのはこういう人を言うのだなと感心する。例えば恐竜の骨の化石が出土する。そういった専門家と一緒になって骨格全体の予想図を描く。そして骨の形からこの生物はどうやって獲物を取ったとか、退化した骨から衰退の過程を予想したりする。そんなときにも正確な復元図が描けなければならない。

 日ごろデッサンをするのだが、人の頭蓋骨だとか小動物の骨格だったり、鳥の死骸だったり、まぁ一般には気持ちの悪い部類のモチーフを何時間もかけて克明にデッサンする。仕上がりはモノクロームなんだが、それだけに集中力というのか、一種研ぎ澄まされた他を寄せ付けない求道的なものを感じる。私の絵画の方法と全く違う方法だけれど、反対に凄く興味があってそのストイックな姿勢には共感を感じる。

 で彼の描画のスタイルを見ていると、私などと大きく違うのは全く部分から描いてゆくことだ。角の先から描き始めて、もうすでにその部分は仕上がっている状態まで描き込まれている。一日の仕事が終った段階ではちょうど画面の半分が描きあがっているというような描き方だ。

 無論これだけのデッサン家になれば全体の様子は頭の中に入っているとは思うのだが、案外こうデッサンの達人というのは部分から一気に描いてゆくものかもしれないなぁと妙に感心した。

 私の絵の作り方は、まず全体ありきで始める。全体の中で部分を作ってゆくという描き方をする。細かい所の描写に面白みを感じ始めたら、大体壊れ始めている。最後までこの考え方で進めてゆくように心掛けている。

 しかし、このような描き方では例えば人物デッサンのようなことをやる時に突然筆進まなくなってしまう。仕上げに向かう時にどこかで考え方をかえる必要があるのかな。



チェロコンサートの様子

 中学校のブラスバンドの発表会以来、人前で演奏するのは初めての経験だった。コンサートと言っても人に聴いてもらう発表会ではなくて、何と言うのかな、報告会みたいなもで参加者は同じようにレッスンを受けている門下生とその家族だけだった。まぁそうは言っても、人前で演奏するのは緊張するもので、自分だけレッスンを受けている状態とは大いに違う。 

 学生の時に演劇を少しやったけれど、あの当時と比べるとかなりくそ度胸がついたのか、単に恥知らずなのか快い緊張感だった。役者は面白いけれど出るまでの緊張感というのは凄いもので、今までの経験であれほど緊張したことはない。

 音楽は絵を描く事などとくらべると、表現がダイレクトで面白い。音楽は時間の芸術だと言われるけれど、間違ったらもう後にはひけないわけで、そこのところが緊張もするし又面白いところでもある。音楽を聴いて涙することもあるわけで、それだけ感情がビッビドに伝わってゆく表現方法でもあるわけだ。、ゆっくりじっくり物を作ってゆくという、絵画には絵画のよさがあるけれど、現代のめまぐるしい世の中ではなかなか受け入れられにくい方法かもしれない。

 まぁ反対に考えれば、こういった一瞬に流行りすたりのある世知辛い世の中で、いつまでも変わらないような一種普遍的な「美」みたいなものは、こころの拠り所として必要になってくるかもしれないな。同じ表現行為でありながら、こころの捕らえ方は大きく違うわけで、同じように感情に直接訴えようとしても無理があるだろう。過剰な感情表現は絵画にはかえっててマイナスかもしれない。それぞれの持ち場があって、絵画には絵画の方法をよく考える事だ。

 
**
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]


(Design by 夜井)