画家・榎並和春 2011/3からHPアドレスが変ります。
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絵描きとしてはまだまだヒヨッコだと思っている。若くしてさっそうと世の中に出るのも格好はいいけれど、実際に話すぐにネタに尽きるのではないかと他人事ながら考えてしまう。まぁ負け惜しみだと思ってもらってもいいのだけれどね。
文学賞なども一時はやたらと若い女性にターゲットをしぼって賞を与えていた。話題性はものすごくあるけれど、作家側からすればほとんど使い捨てで無責任この上ないな。まぁそれをきっかけにして長いスタンスで活動できる人もいるかもしれないけれど、まぁかなり難しい。出版社側から言えば一時話題になればそれでいいわけで、長い目で見て作家を育てようなどとは考えていない。
表現というのは経験とか体験、まぁ実際に経験しなくても読んだとかどこかで聞いたとか見たとか、そんなことが積もり積もって潜在意識の中に入り込んで、自分が経験したことかどうかもわからなくなって、そこからぽっこり顔を出したり引っ込めたりしたものを、すくい集めてふるいにかけて残ったようなものだからね。時間がかかる。青春時代の生々しい経験など、たまには思い出してもいいけれど、あまり見たくもないし、聞きたくもないな。
そういう意味で今からが面白いなと思っている。決して負け惜しみではなくて、歳を取って行くのがおもしろいと思っている。どんな年寄りになるのか、どんな風にしおれて行くのか、消えて行くのか、自分の経験や体験がどんな風に醗酵して出てくるのか、そんなことがすごく楽しみだ。
このブログを含めて私という一表現者の生き方をライブで報告して行きたいなと思っている。
文学賞なども一時はやたらと若い女性にターゲットをしぼって賞を与えていた。話題性はものすごくあるけれど、作家側からすればほとんど使い捨てで無責任この上ないな。まぁそれをきっかけにして長いスタンスで活動できる人もいるかもしれないけれど、まぁかなり難しい。出版社側から言えば一時話題になればそれでいいわけで、長い目で見て作家を育てようなどとは考えていない。
表現というのは経験とか体験、まぁ実際に経験しなくても読んだとかどこかで聞いたとか見たとか、そんなことが積もり積もって潜在意識の中に入り込んで、自分が経験したことかどうかもわからなくなって、そこからぽっこり顔を出したり引っ込めたりしたものを、すくい集めてふるいにかけて残ったようなものだからね。時間がかかる。青春時代の生々しい経験など、たまには思い出してもいいけれど、あまり見たくもないし、聞きたくもないな。
そういう意味で今からが面白いなと思っている。決して負け惜しみではなくて、歳を取って行くのがおもしろいと思っている。どんな年寄りになるのか、どんな風にしおれて行くのか、消えて行くのか、自分の経験や体験がどんな風に醗酵して出てくるのか、そんなことがすごく楽しみだ。
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