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画家・榎並和春  2011/3からHPアドレスが変ります。 → http://enami.sakura.ne.jp
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はる 3471
 クリスマスです。この日はクリスチャンであろうとなかろうと、多くの日本人が節操なく浮かれていることでしょう。ご多分に漏れず私なんかもウキウキ楽しんだ方です。

 昔はケーキなど大っぴらに食べられるのはこの時だけで、今から考えるとイチゴが乗っていたり、チョコレートがのっていたり、生クリームがたっぷり、そういったデコレーションも珍しかったのかもしれないな。アイスクリームのケーキなども始めて食ったのは遠い昔のクリスマスイブじゃなかったかな。

 今は反対に生クリームがのったケーキは出来るだけ控えるそんな年になったということだな。そのことがそんなに楽しいことではなくなったというのは若干寂しいことではある。

 クリスマスの最初の想い出は、日曜学校で下町の大きな教会に出掛けたことだ。サンタの格好したおじいさんがいたことにもびっくりしたけれど、何よりも天井が高い真っ暗な空間に音楽と共に中に入ってゆくことが、今までかつて経験したことがない大きなカルチャーショックだった。今考えるとどこにでもある下町の小さな教会だったのじゃないかと思うのだけれど、そういった経験は長い人生でそうあるものではない。

 私の人生でこの日曜学校というのがとても重要な位置をしめているな。当時の日本の文化的な状況を考慮して考えなくてはならないのだけれど、まだテレビもなく唯一ラジオが極普通の家庭では重要な娯楽であったころの話ですよ。ラジオからは今で言うポップスなどはあまりかからないわけだ。親父はよく浪花節を聞いていた。

 テーブルなどというハイカラなものはなく、長い食卓に全員が正座して並んで飯を食ったものだ。冬の暖房は火鉢一つだったきがする。そでも不満はなにもなかった。

 そんな普段の生活の中で、時に出掛ける日曜学校の家庭はふかふかのカーペットが敷いてあり、ガススーブがあって異様に暖かだった。近所のガキどもはおやつほしさに三々五々集まってはだべっていたように思う。それでも其の家では邪魔者扱いにはされなかった。

 前にも書いたけれどそこでもらうラファエロのカードがカラーだったな。色がついているそういった写真は当時貴重だったきがするな。いまじゃなんでもないけど・・。

 異国趣味というのではない。知らないみたこともない世界というのは豊かで途方もなく魅力に満ちているんだな。日曜学校というのはそんな世界を見せてくれる小さな窓だったんだな。

 
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